断罪を待っているのに
冬の朝は暗く、澄んでいる。深夜の雑味が臭いを失い、まだトレーニングのために走りに出る人間もいない時刻、ジェイド・カーティスは自身の仕事場に向かっていた。
頬は冷たく、目は冴えている。だがどこか均一すぎる歩行のリズムに、他人が自分を操作している感覚を憶える。あるいは、そうであってほしい、という感覚。
警備兵も配備されていない入り口から施設に入る。暗い廊下を、灯りもつけずに進んでいく。靴音がコツコツと鳴る。この場所では音を殺す必要がないことを、ジェイドはよくわかっている。
靴音が止まる。扉が開かれる。橙色の灯りが自身の顔を嘗めるのを感じ、ジェイドはより一層、自身との乖離の感覚を強くする。しかし、慎重に扉を閉める手つきや体重のかけ方はどこまでも自分のもので、自分の意志通りに動く体を恨めしく思う。それはつまり、ここまで来てしまっているのはまぎれもなく自分の意志だということを意味しているからだ。
顔を上げる。部屋の奥に配置されたベッドが、常夜灯の温かい光に照らされている。布団から柔らかな銀髪がこぼれている。近づくと、銀髪の間から小さな耳殻がのぞいているのに気づく。
気づいたらそれに触れようと手を伸ばしている自分がいた。寸前、体が強張り、動けなくなる。
何をしているんだ?
肌が粟立つ。視線を下すと、すました顔で寝ている部屋の主が目に入る。自分の幼馴染の、腐れ縁の、ディスト――サフィール・ワイヨン・ネイスが。
心臓が思い出したように動き出す。体中を血液が巡り、欲求を増幅させる。一方で、脳はずいぶんと冷えており、自身への幻滅と嫌悪感が肚に染み出している。
いっそ、目の前の人物が起きてくれればいい。起きて、おびえて、大声を出して、自身のやったことを気持ちの悪い悪戯にしてしまえば、そうすれば、すべて、すべて、
こんな朝をもう、何度も繰り返していることが、すべてなかったことになるのに。
長い長い溜息をついて、ジェイドは部屋を後にする。自身への苛立ちが混じった、やや不規則な歩調で。
早朝すぎるくらいの早朝に、毎日ディストの寝室を訪れてしまうジェイドの話。
2022.12.07.07:46