孤独の海のむこうがわ

ジェイドは寝つきがいい。
アイロンのかかった上下そろいの寝室着を着て、清潔な布団を肩まで掛けて。いつも仰向けで、口はほんの少し、薄くひらいている。
静かな寝息。だが、どこか張りつめている。彼が寝る様はいつも、能動的だ。軍人として、「集中して休む」という責務を果たすために寝ている。そんな気がしてならない。
ディストは寝つきが悪い。常に室内にいて陽を浴びていなかったり、もちろん運動もしていなかったり、理由は様々考えられるが、頭脳労働が多いにもかかわらずクールダウンの時間も設けないので、頭に熱が昇ったままだということが主な原因だろう。床に入れば、基本的に考え事がぐるぐる頭を回っている状態で、生とか死とか、愛とか感情とか、そんなろくでもないことを考え始めたあたりで……ディストは何かにすがるように、隣のベッドで眠っているジェイドの様子をうかがってしまうのだ。

「……ジェイド。」
「……。」

ジェイドは眠っている。眠ることに、集中している。だからもちろん返事は来ない。そんなことはわかっていた。わかっていたから、これまでずっと、眠れない夜、彼の寝顔を眺めるだけで我慢していたのだ。

ディストは突然何もかもが嫌になった。声をかけなければよかった。ジェイドの様子なんか見なければよかった。隣のベッドで寝なければよかった。そうだ、どうせ眠れないのなら作業の続きをずっとしていればよかったのだ。

物音を立てないように布団から足を逃がす。ざらついた冷気が足を伝って肺までやってきて、ディストは一層悲しくなった。情けない気分だ。いい大人が、眠れないだけで、眠れない夜に独りであるというだけで、どうしてこんな気分になるのだろう。仕事部屋まで動き出そうとするものの、感情の波が腰まで上がってきて、足が重くてもがけやしない。

「サフィール……?」
「っごめんなさい、ジェイド、起こしましたか?」

慌ててベッドに腰掛けジェイドに視線をやる。整った眉が寄せられているのを見て、ディストの心臓は早鐘を打つ。悲しさと、申し訳なさと、情けなさと、どうしようもない少しの期待で。

「眠れないのですか……?」
「……いえ。」
「……。」

んん、とジェイドは低く唸り、目は開かないまま、ディストのほうへ――手を、伸ばした。

「え……」
「……寒い…早く」

こっちへ来い、という意味らしい。ディストは努めて静かに、迅速に、彼に近づいた。すると、ジェイドはあろうことかディストを布団の中に招き入れ、そして全く包み込んでしまったのだ。

「……っ」

自分の情けない期待がかなえられてしまったことへのどうしようもない戸惑いで、からだ全体がざわざわとした。ジェイドの体がすぐそばにある。触れられているわけではないものの、一つの布団を分け合う形で、お互いがお互いの温かさを共有している。
早く眠らなければ、早く……。
先ほどまでのむなしさと、今のこんな状況に、脳はついていけなかった。逆に疲労がピークに達したのか、ディストの思考は次第にまどろみ、やがて穏やかな寝息を立て始めた。
思考がゆっくりと、落ちる。その隙間に、

「夜に一人で、泣いてはいけませんよ……サフィール。」

低く温かい声が聞こえたような気がする。


寝落ちるタイミングが合わないジェイドとディスト。

2022.12.12.22:53