足りないのは思い込みと

 ひとつになりたい。
「それは、セックスがしたいという、こと、ですか?」
 疲れ切って、うなだれて、ため息が漏れて、
 すべてを投げ出した状態の私がこぼした一言を、サフィールは聞き逃してはくれなかった。
 いつもはどこか反発するような力みが宿っていた彼の瞳は、いまばかりはやわらかで。あくまで私を甘やかすつもりらしく、それにすらため息が出た。
「……ジェイド?」
 寝台の縁で腑抜けている私を支えるように隣に腰かけたサフィールに寄り掛かる。こちらを向かせて、抱きしめてみる。鎖骨同士が、肩同士が、胸板同士が触れ合う感覚に、何か感じるような気もするし、何も感じないような気もする。
 安心、親愛、愛しいと思う気持ち、アタッチメント、そういうものたち、私から遠ざかったか、最初から遠かったものたち。
 そんな私でも入信できた、ひとつになったらうれしいという思い込み。
 でもひとつになるって?
 それで、なにかになる?
 ならないということを、私たちは知っている。たち、と突然自我を拡大させたが、サフィールもたぶん、知っているに違いない。
 良くてただ気持ちがいいだけ。悪くて気持ちよくすらないだけ。自身の陰茎がサフィールのからだに侵入しようが、逆であろうが、きっと、たぶん、それだけ。
 そんなことないと、そういう答えが欲しいのかもしれない。離れがたい人間を抱きしめても明確な感慨を見つけられないから、セックスをしてそれを見つけようとしている。そんな男。そんな男だ。
「取り消します」
 と言って、発言を撤回する。肩からわずかに伝わっていたサフィールの緊張がほどけるのを感じる。サフィールはきっと全部わかっている。私が何をわかっているのか。
 そして何をわかっていないのかを。
「疲れてますね」
「そうかもしれません」
「何か不満があるように思えます」
「不満?」
「ええ。何かを言いたいけど言えないとか、何かをしたいけどできないとか」
 あとは、私が邪魔で何かができない、とか。
 もたれた私の頭の上から小さく落とされるその言葉たちは、私に何かを要求しているように思えた。それが、情けない姿をさらして求めることなのか、それともいつも通りでいることなのか、私にはわからなかった。
「サフィール」
「……はい」
 サフィールはサフィールと呼ばれることを嫌がる。”サフィール”とは、彼が決別した、もう存在しないものらしい。彼が自身で自身を定義づけた名を、彼を尊重するなら呼んでやるべきなのかもしれない。だって私たちはもう何年も会っていない時期があって、彼の核がどこにあるかなんて私にはわからないはずなのだ。わかっているのだとしたら、それは思い込みだ。そもそも、人間の核がどこにあるかということがいかに曖昧かを、私は以前とことん思い知ったはずなのだ。
「私はあなたが好きですよ」
 こういうことを目を見て言えない。私はまだ自分の感情がわからない。


好きだと思っているし、好きだということにしたいけど、何処にも証拠が見当たらないジェイド

2024.12.09